僕達の願い 第16話


小さなアパートの一室に、何人もの学生が集まっていた。
彼らの制服はバラバラで、同じ学校でないことは一目瞭然。年齢もバラバラで高校生と中学生だった。
兄と私に用があると、突然やって来た彼らに驚き、母は慌ててジュースとお茶菓子を買うため今近くのスーパーへ行っている。
一人は兄も私もよく知る人物で、兄の幼なじみで親友の男。
他の人達は兄と面識がなく、どうして彼が見知らぬ者たちを連れ、何の前触れもなく自宅に押し寄せてきたのか解らず、兄は困惑した表情で座っていた。
私も同席するように言われ、兄は私を庇うような形で座り、私はそんな兄の背中に手を伸ばすと、そのシャツをギュッと握った。
私は知っていた。
彼らを。
だが全員私の知る顔よりも若い。
それもそのはずだ。
今は私の知る時代よりも20年近く前なのだから。
まだ戦争も始まっていない。
日本の名前を奪われる前なのだから。



ゼロの仮面を被ったスザクがルルーシュを殺害したあの日から2年。
ルルーシュとの約束だった学生生活に戻り、無事に卒業した私は再び黒の騎士団に戻った。学生に戻っても紅蓮のパイロットとして実験は行っていたが、二足の草鞋ではどちらも中途半端になるからと、卒業するまでは零番隊隊長としての任務はほとんど行っていなかったのだ。
ゼロに本格的に復帰する旨を報告に言った時、私は全身に鳥肌がたつのを抑えきれなかった。
ゼロにはその日、久しぶりに会った。
毎日接していたなら気づかなかったかもしれない。
でも、久しぶりだから気づけた。
壊れている。
ゼロの仮面で隠れてはいるが、その中にいるスザクは、スザクではなくなっていた。ゼロを演じるたび、スザクが壊れていったのだ。張り詰めた糸のような精神状態で、自分を壊しゼロとして生きている。目の前に居る仮面の男は、いつ完全に壊れうかわからないほど危うい状態だった。
何か言わなければ取り返しがつかなくなる。だけど私は何も言えなかった。
怖くて、最低限の会話だけを交わす事しか出来なかった。ゼロの仮面の下に居るのは死者なのではないか、という恐怖を感じることもあった。本当にそこにいるのがスザクなのかもわからなくなっていく。
そんな人物の護衛として、常に傍に控えてる日々。
感情を無くし、理想のゼロを演じる彼の姿が怖くて悲しかった。
ああ、死んだのはルルーシュだけではなかったのだと、私は知った。
あの日、スザクも死んでいたのだ。
ルルーシュを殺したことで、スザクも死んでしまったのだ。
私達が追い詰め、殺したのだ。
彼の姿は、私の胸に新たな罪悪感を埋め込んだ。



そんな日々を過ごしていたある日、目を覚ますと懐かしい天井が見えた。
飛び起きた私は母の隣の布団に横になっていた。
手を見ると、子供のものだった。
体も、幼くなっていた。
横に眠る母は若かった。
夢だと思った。
あまりにもリアルな夢。気がつけば体はガタガタと震え始め、パニックに陥った私は悲鳴を上げた。その声には母は飛び起き私を抱きしめ、私はその暖かさも怖くて暴れた。
異変に気づいた兄が部屋に飛び込んできた時、私は大声で泣いていた。火が着いたように泣くとはこういう事なのだろう。母と兄が突然泣き出した私に驚き、慰めようとするが、混乱した私は泣き止まず、母と兄が交互に抱きかかえ、まるで赤ん坊をあやすように私を宥めた。
お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!生きてる!死んでないよね!生きてるんだよね!?お兄ちゃん!お兄ちゃん!会いたかった!私のせいでごめんなさい!お兄ちゃんを守れなくてごめんなさい!
お母さんごめんなさい!ごめんなさい!私のせいでごめんなさい!もう冷たくしないから!大好きだからお母さん!だから壊れないで!リフレインは使わないで!
涙で顔をぐしゃぐしゃにし、嗚咽を漏らしながら私は言葉にならない懺悔を続けた。抱きしめる腕は力強く、兄も母も暖かかった。
なんてリアルな夢。
だから余計に私は謝った。
やがて泣きつかれて私は気を失うように眠りにつく。
夢だと思った。
だけど、目が覚めると泣きはらし、疲れた顔の母がそこにいて、目を覚ました私に笑いかけてくれた。カレンが目を覚ましたわ。と、母は隣の部屋に声をかけると、此方も目を腫らせた兄が慌てて部屋に飛び込んできた。
夢がまだ続いていて、私はまたボロボロと涙をこぼした。

「大丈夫、大丈夫だからねカレン。何も怖くないからね」

母は優しく私を抱きしめた。

「カレン、喉乾いただろ?お前の好きなジュース沢山買ってきたんだ。どれ飲む?」

兄は困った顔で、たくさんジュースの入った買い物袋を持って私の前で開けた。
そこには確かに私が好きだったジュースが入っていた。
戦争が始まり、日本が奪われた後製造されなくなったジュース。
大好きだった飲み物。
怖い夢を見たのだろう、それもこれだけ取り乱すほど恐ろしい夢を。
二人はそう考えていたようだった。
でも違う。
あれは現実だった。
今この状況が夢なのだ。
だから私はまず新聞を見せてほしいと泣きながら訴えた。
困惑する兄は待っていろと今日の新聞を手に戻ってきた。

「うう・・・ぐすっ、やっぱり、うう、どうしよう、どうしたらいいの?私どうすればいいの!?」
「カレン?」
「カレンちゃん?」
「・・・うう・・・戦争、まだ始まってない。まだ此処は日本なんだ・・・ぐすっ」

泣きながら私は新聞をめくる。
今必要な物は情報なのだ。

「カレン、戦争の夢を見たのか?ブリタニアと日本が戦争する夢を」
「夢じゃないのお兄ちゃん、夢じゃないのよ。戦争は始まるの。初めて実戦投入されるKMFの力で1ヶ月と持たずに負けるのよ。ああ、どうしよう」
「日本が?ないとめあふれーむ?母さん、新しいアニメにそんなもの出てくるのか?」

KMFはブリタニアの最高機密。
実戦投入されるまで何処の国もその存在を正確に把握していなかった。
人が乗れる兵器を開発していることは知っていても、実戦で使えるなど考えていなかったのだ。だから当時の一般人は名前さえ知らなかった。

「え?いいえ、カレンが見ているものにそんなものないはずよ?」

私は記憶を呼び起こし、古い新聞が置かれているのはこの部屋の押入れだったはずと、押し入れを開けた。
記憶の通り新聞の束があり、私はそこから幾つか新聞を出した。

「違うの、アニメじゃないのよ・・・あ・・・マリアンヌ、皇妃?」

手にした新聞にはマリアンヌ皇妃暗殺の記事。

「あ!そうだ、マリアンヌって、ルルーシュとナナリーちゃんのお母さんだ。・・・そうか、そうなんだ。今が過去ならルルーシュ、生きてるんだ」

私はその新聞を床一面に広げ、文字を読み続けた。ルルーシュが生きている。
なら、なんとかなるのかもしれない。
彼はゼロ。
奇跡を起こす男だから。
その思いが私の感情を安定させ、私はようやく冷静になれた。

「ブリタニアの皇妃暗殺がどうしたんだ?ルルーシュとナナリーって誰なんだカレン」
「このマリアンヌ皇妃の息子と娘。ルルーシュは私の同級生だった。頭がいいのに馬鹿なやつで・・・私達のせいで死んでしまった・・・私達が馬鹿だったから死なせてしまった。もう二度とあんな事させない。させるもんですか」
「あんなこと?」
「あった、御子が瀕死。ルルーシュが言ってた。母親が殺害された現場にナナリーちゃんが居合わせて、足を撃たれたせいで歩けなくなったって。そしてそのショックで目も閉ざしたって・・・新聞にも載ってたんだ。でもこんなちょっとだけ・・・そうだ、あいつ確か開戦前から日本にいるって言ってた・・・今何処にいるの二人共・・・」
「カレンちゃん、カレンちゃん。此方を見て」

その声に、私は思考を中断し、不安そうな顔の母を見た。
当然だ。
突然娘が泣き出し、暴れたと思ったら今度は訳の分からない事を口にし始めたのだ。
兄のナオトも不安そうに此方を見ていた。
私はまだ10歳にもならない子供だ。一人では何も出来ない。
だけどルルーシュに会わなければ。
そのためにも、私は二人に全てを話し、夢ではなく未来のことだと理解させなければならないと悟った。

「お母さん、お兄ちゃん。取り乱してごめんなさい。私、これが、今が夢だと思ったの。あり得ない夢。私の願望とも言える夢。まだブリタニアに蹂躙される前の幸せな日本・・・戦争が、始まるの。2010年8月10日、ブリタニアが宣戦布告するわ。日本はろくに抵抗もできず負ける。唯一ブリタニアに土をつけるのは日本軍中佐藤堂鏡志朗だけ。厳島でKMF相手に戦い、退けた。でもそれだけ。日本は負け、名前も尊厳も全て奪われる」

この年の私では絶対に語らない内容、そして落ち着いた声音。
真剣に語る私の言葉を、母と兄はまるで他人を見るような眼を向けながら、それでも理解しようと真剣に聞いてくれた。

「私は2028年に生きていた紅月カレン。お母さん、お兄ちゃん。信じられないと思うけど、私の話を聞いてほしいの。これから起きる戦争と、エリア11と呼ばれた日本の姿。そして私の全てを」

私は話し始めた。
私の人生、その全てを。
兄の死を、母の薬を、私の罪を。
裏切ってはいけない人を裏切り、そして死ぬ道を選ばせてしまったことを。
その人は自ら悪を演じ、全てを背負い逝ってしまった。
本当は、世界に平和をもたらした英雄だったことを。
そして信じてはいけない人を信じてしまった愚かさの全てを。



だから。
兄は知っているのだ。
扇が連れてきた人たちが誰なのか。
なぜ扇が連れてきたのか。
知っていて知らないふりをしている。
母も同じだ。
気づいているのだ。
気づいていて知らないふりをする。
半信半疑だった話。
誇大妄想とも言える話。
夢だと疑っていた話。
彼らが来てくれたことに私は感謝する。
真実なのだと、この時二人は理解してくれたから。
だから兄は演じる。
私は演じる。
母は演じる。
未来など何も知らないと。
道化を演じ、情報を得る。
私は兄にしがみつきながら扇が語る内容を記憶に刻みつけていた。

私は自らの罪を隠し、悪でありながら正義を名乗り、正義の象徴を守る偽りの剣。

だけど、もしこの世界が過去だというのなら。
私はもう間違えない。
もう二度と裏切らない。
貴方を守る本当の剣になりたい。
それが私の願い。

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